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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)13878号 判決

原告

破産者株式会社

飛鳥破産管財人

池田靖

右訴訟代理人弁護士

内藤良祐

被告

清水安

外六名

主文

一  被告らは、原告に対し、それぞれ別表の各被告に対応する「請求金額」欄記載の金員及びこれに対する同表「遅延損害金起算日」欄記載の日からいずれも支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告清水安、同峯村賢司及び同鳥海恒広)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 東京地方裁判所は、株式会社飛鳥(以下「破産会社」という。)に対し、昭和六一年三月四日破産を宣告し、同時に原告を破産管財人に選任した(同庁昭和六一年(フ)第一三二号事件)。

(二) 被告らは、いずれも、昭和五九年一一月から昭和六一年一月までの間、もと破産会社の役員又は従業員であった。

被告清水安(以下「被告清水」という。)は、破産会社取締役総務部長(昭和六〇年三月ころから常務取締役、同年一〇月ころから専務取締役)として破産会社代表取締役齋藤清秀(以下「齋藤」という。)を補佐し、主に破産会社の経理部門を統括していた。

被告鈴木こと峯村賢司(以下「被告峯村」という。)は、破産会社設立当初においては第一事業部次長として、同年七月ころからは第二事業部次長をも兼務して同部の営業全般を指揮していた。

被告鳥海恒広(以下「被告鳥海」という。)は、同年九月初め破産会社に入社し、第二事業部課長として勤務していた。

被告張間一伸(以下「被告張間」という。)、被告神田信也(以下「被告神田」という。)及び被告菊地正美(以下「被告菊地」という。)は、破産会社の営業社員として直接顧客の勧誘等に当たっていた者である。

被告渕上尋子(以下「被告渕上」という。)は、破産会社の総務の社員として、顧客からの電話の取次ぎ業務、経理処理等に当たっていた。

(三) 被告らは、それぞれ別表就業期間始期欄記載の日から同終期欄記載の日までの期間、被告清水においては役員報酬契約に基づいて、その余の被告においては雇用契約に基づいて、それぞれ役員報酬、給与、歩合給又は賞与の名目で同表の支払金額欄記載の金員を破産会社から支払を受けたものである。

2  破産会社の設立

破産会社は、金地金取引業を営み、詐欺的商法として非難され、一〇〇〇億円以上の負債を抱えて倒産した豊田商事株式会社の幹部であった花田實及び齋藤が昭和五九年一月金地金取引及び外国為替先物取引の取次等を行う目的で設立した日立商事株式会社(以下「日立商事」という。)から、齋藤が中心となり同年一〇月二〇日分離独立して設立された会社である。

3  破産会社の商法

破産会社は、国際金融先物取引の取次を主たる業とし、シカゴ商業取引所の国際金融市場(以下「IMM」という。)における通貨と同取引所に併設されたインデックス・オプション市場(以下「IOM」という。)における株価指数(以下「SP五〇〇」という。)の各先物取引を米国のハイノルド・コモディティーズ・インク(以下「ハイノルド」という。)等を通じて取り次いでいた。

破産会社と顧客との間の契約は、顧客が破産会社に対しIMMの日本円、ドイツマルク又はSP五〇〇の先物取引の取次を依頼し、その対価として取引上契約単位(以下「コント」という。)当り注文したとき、及び反対売買により取引を決済したときに手数料(両売買につき合計で委託保証金の一〇パーセント)を支払うこと、並びに委託保証金(日本円及び西ドイツマルクについては一コント当り金一〇〇万円、SP五〇〇については一コント当り金一五〇万円)を預託することを内容としている。

4  破産会社の商法の違法性

(一) 外為法違反

破産会社は、右のような国際先物取引をするについては外国為替及び外国貿易管理法(以下「外為法」という。)二一条、二〇条一号、三号、一七条により大蔵大臣の許可を受ける必要があったのに、右許可を受けていない。

(二) 破産会社の資産状況

(1) 昭和五九年一〇月の破産会社設立に際して、事務所を構えるビルを賃借するための保証金等の費用やビルの内装費等約一億三〇〇〇万円の資金を要したにもかかわらず、自己資金は全くなく、右設立経費は日立商事及び金融機関からの借入で賄っていたばかりか、日立商事から引き受けた委託保証金の返還残債務が実質的には約五億円もあった。

(2) 右借入金の返済及び破産会社の人件費等の経費は、先物取引の注文を受けた顧客から預かり、後記請求原因4(三)(四)の方法によって破産会社に留保していた委託保証金を流用することによって賄っていた。

(3) 破産会社の正規の収入は、外国為替取引の取次により得られる手数料のほかは、昭和六〇年二月から経営を始めた飲食店(焼肉日比谷)から得られる僅かな利益しかなく、これだけでは会社経費を到底賄い切れず、顧客から手仕舞いに基づく委託保証金あるいは利益金の返還を請求されても、それに応じて出金していたのでは会社の経営が全く成り立たないことは会社設立当初から明らかであった。

(三) 差玉向い

破産会社は、顧客の注文を外国市場に取り次ぐに際しては、原則として委託保証金を外国為替先物取引の取次業務に送金しないですむようにするため、顧客の注文した建玉と同限月、同数の自社の反対玉(いわゆる「向い玉」)を建て(差玉向い)、相場の変動による差損益が生じない形で取り次ぐことによって、顧客から預った委託保証金の大半をハイノルド等に送金しないですむようにしていた。

(四) 客殺し

破産会社は、顧客からの出金要求に対して、その請求額が少額な場合とか、顧客からの依頼を受けた弁護士、国民生活センターなどが介在し、出金しなければ表沙汰になるようなおそれのある場合などを除き、ほとんどその出金要求には応じていなかった。

特に顧客に計算上利益が出ている場合には、出金要求があっても建玉の銘柄を変更させたり、計算上生じたことになっている利益等で建玉を増やさせたりする(いわゆる「増し玉」)などの手段を講じて出金せず、どうしても出金を拒みきれない状況になったときには、顧客から預かっている委託保証金や利益金の現在高を計数上減少させるため、故意に顧客が損をする方向で顧客に無断で玉を建て、あるいは建玉を手仕舞いしたり(いわゆる「無断売買」)、手数料で委託保証金を目減りさせるため玉の売買を繰り返し(「バイカイを振る」「客を振る」)、また、実際には建玉の手仕舞いしてないにもかかわらず、顧客が損をするような値段で手仕舞いをしたように装ったり(いわゆる「後づけ」)、実際には顧客にとって有利な値段で手仕舞いしていても、その手仕舞いしていた日のうちで顧客に最も不利な値段で手仕舞いしたように見せかける(いわゆる「改ざん」)などの「客殺し」と呼ばれる方法によって出金を免れていた。

(五) 顧客の勧誘状況

破産会社は、主婦等知識も情報も少ない人達に狙いをしぼり、先物取引に誘い、顧客からの売買注文を誠実に取り次ぐ意思もなく、相場の変動を利用して顧客に計算上の損害を与え委託保証金などの返還を断念させる意図であるのに、昭和五九年一〇月から昭和六一年一月までの間「今、保証金一〇〇万円で日本円一コント買えば、これからドル安、円高になりますから、一か月後には二〇万円の利益は間違いなくとれます。定期預金より有利です。」などと申し向けて信用させ、外為法上の問題や、差玉向いによる保証金流用等はもちろん、取引の仕組についてすら充分説明せず、かえって確実な利益を約束し、しつこく勧誘して、先物取引の委託保証金名目で、顧客から合計約一三億五〇〇〇万円余の現金や株券を受領した。

(六) 以上のように破産会社の設立目的及びその行為は違法なものであってその存立そのものが許されるべきものではないといえるのである。

5  被告らの違法性の認識

(一) 被告清水及び被告峯村は、破産会社の設立に直接参画し、当初より外国為替先物取引の委託保証金名下に顧客から預かった金員は会社の経費などとして使用する意図を有しており、預かった委託保証金を確実に返還したり、外国為替先物取引から生じた利益金を支払う意思を有しておらず、また現実に右の返還や支払の可能性は客観的にもなかった。

それにもかかわらず、右被告らは齋藤と共謀の上、営業担当社員等に対し、顧客に「決済の指示を受ければ必ず六営業日後に差益金等につき清算する。」旨の説明をするよう命じ、高価な什器・備品等の設備を備えた破産会社の事務所を見せるなどの方法によって、破産会社が信用できる会社であると思わせ、顧客に清算金等の返還が確実である旨誤信させて、外国為替先物取引の委託保証金名下に金員を搾取しようと企て、これを実行に移した。

(二) その余の被告らは、破産会社では顧客から預かった委託保証金等の返還をしないですませるために、いわゆる「客殺し」等の不正な方法を実際に行い、あるいは、これが行われていることを知り、または知り得べかりし地位にあったか、あるいは少なくとも、破産会社に勤務中、破産会社の各営業社員が顧客の出金要求に対する対策に苦慮している状況にあることから破産会社には委託保証金及び利益金を後日返還する意思も能力もないことが明らかとなっていたにもかかわらず、顧客には儲かるなどと虚言を弄して委託保証金名下に金員を騙取していることを知り、または、知り得べかりし地位にあった。そして現実に顧客から委託保証金名下に金員を騙取し、あるいはこれを補助していたのである。

6  破産会社と被告らとの間の契約の無効

破産会社は、外国為替先物取引の委託保証金名下に、多数の被害者から多額の金員を騙取する目的で設立され、現に会社ぐるみで組織的かつ計画的に大規模な詐欺事犯を敢行している。

破産会社と被告らとの間の役員報酬契約及び雇用契約中の賃金支払に関する部分(以下「本件歩合給等支払契約」という。)は、破産会社が、右の違法な取引によって得た金員の分配又はこれを増長し奨励するための報酬としての性格を有しており、公序良俗に反し、無効である。

右のうちでも特に役員報酬、賞与及び歩合給名目で支払われた金員は、いずれも破産会社の収益とは無関係に顧客を何人勧誘したか、委託保証金をいくら入金させたかに従って支払われており、犯罪行為の直接の対価としての性格がより明確である。

7  不当利得返還請求

破産会社が被告らに支払った金員は、右のとおり無効な契約に基づくものであって、法律上の原因を欠くから、原告は、不当利得返還請求権に基づき、被告清水に対し、役員報酬の全額、その余の被告に対し、その得た金員の一部である別表「請求金額」欄記載の金員及び各被告に対し、これに対する訴状送達の日の翌日である同表「遅延損害金起算日」欄記載の日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告清水

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2及び3の事実は不知もしくは否認する。

(三) その余の請求原因事実は否認する。

2  被告峯村

(一) 請求原因1(一)及び(二)の事実は認める。同1(三)のうち、被告峯村が雇用契約に基づいて支払を受けた金員の合計額は知らない。その余の事実は認める。

(二) 請求原因2の事実は認める。

(三) 同3のうち、ハイノルド等を通じて取り次いでいた事実は否認し、その余は認める。

破産会社は、設立当初は香港の「キングリー・コモディティズ社」を通じてシカゴマーカンタイル取引所の商品注文をなし、昭和五九年夏以降は「ミノルインターナショナルコモディティCO・LTDを通じて取引会員であるハイノルド社に注文をなしていたものである。

(四) 請求原因4(一)及び(二)は争う。

同4(三)のうち売り買い同数の注文をなしていた事実は認め、その余は否認する。

請求原因4(四)ないし(六)は争う。

(五) 同5は争う。なお、被告峯村は齋藤によって設立される会社に移るよう勧誘されたが、設立そのものに関与したことはない。

(六) 請求原因6及び7は争う。

3  被告鳥海

(一) 請求原因1ないし3の事実は認める。

(二) 同4(一)の事実は認める。

同4(二)の事実は不知。入金された保証金の流れはもちろんのこと、経理内容については一切知らされていない。

請求原因4(三)の事実は不知。被告鳥海は営業職だったので、注文を出す行為に直接関与していないため、差玉向いの詳しい実体について一切知らされていない。

請求原因4(四)の事実は不知。

同4(五)及び(六)の事実は認める。

(三) 請求原因5の事実は不知、同6及び7は認める。

4  被告神田、同張間、同菊地及び同渕上

右被告らは、公示送達による適式な呼出を受けたが、いずれも本件口頭弁論期日に出頭しない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一当事者について

1  請求原因1(一)の事実(破産会社の破産宣告、原告が破産管財人に選任されたこと)は、原告と被告清水、同峯村及び同鳥海との間においては争いがなく、その余の被告との間においては〈証拠〉及び弁論の全趣旨により、これを認めることができる。

2  請求原因1(二)の事実(破産会社における各被告の地位等)は、原告と被告清水、同峯村及び同鳥海との間においては争いがない。

原告とその余の被告との間においては、被告清水、同峯村、同張間及び同菊地の地位等については、〈証拠〉により、被告鳥海の地位等については、〈証拠〉により、被告神田及び同渕上の地位等については、弁論の全趣旨により、それぞれこれを認めることができる。

3  請求原因1(三)の事実(被告らの役員報酬等の受領)は、原告と被告清水及び同鳥海との間において争いがなく、その余の被告との間においては、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨により、これを認めることができる。

二破産会社の設立について

請求原因2の事実(破産会社の設立)は、原告と被告峯村及び同鳥海との間においては争いがない。

〈証拠〉によれば、昭和五九年一月一〇日、金地金取引業を営む豊田商事の幹部であった花田實および齋藤らが金地金取引及び外国為替先物取引の取次等を行う目的で、日立商事を設立したこと、日立商事において外国為替先物取引の取次を担当していた同社国際事業部の部長であった齋藤が中心となり、同部門の顧客、部下を含む一体としての営業を譲受け、昭和五九年一〇月二〇日、破産会社を設立したこと、齋藤は、破産会社設立当初同社の専務取締役であったが、実質的に同社の経営権を掌握しており、昭和六〇年二月に同社代表取締役に就任したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三破産会社の商法について

請求原因3の事実(破産会社の商法)については、原告と被告鳥海との間において争いがなく、その余の被告と原告との間においては、〈証拠〉により、これを認めることができる(ただし、原告と被告峯村との間においては、ハイノルド等を通じて先物取引を取り次いでいた事実を除く事実については争いがない。)。

四破産会社の商法の違法性について

1  外為法違反(請求原因4(一))について

〈証拠〉によれば、破産会社は、昭和五九年一一月一日、ハイノルドとの間でシカゴ市場の金融先物取引約定を締結したこと、同年一二月上旬ころからは香港のキングリー・コモディティズ・インク(以下「キングリー」という。)を通じて、昭和六〇年五月一五日からはハイノルドを通じて、シカゴ商業取引所における日本円、西ドイツマルク又はSP五〇〇の先物取引取次業務を行い、キングリー及びハイノルドに委託証拠金(マージン)及び取引手数料(フィー)支払いのため外国為替公認銀行からドルを買って送金(円換算約七〇〇〇万円)していたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、前認定の破産会社がハイノルドに対し先物取引の委託証拠金を支払う契約は、外為法二〇条一号の居住者と非居住者との間の預金契約に該当するものと解されることから同法二一条一項により、また、前認定の破産会社がハイノルド等に対し取次を依頼した日本円、西ドイツマルク等の売買は、同法二〇条三号の居住者と非居住者との間の対外支払手段の売買契約に該当するものと解されることから同法二一条により、いずれも大蔵大臣の許可を受けなければならず、また、前掲第一号証によれば、破産会社は前認定の先物取引につき反対売買により決済するとき差額を清算していたことが認められるが、これは、同法一七条の特殊な決済に該当するものと解されることから、破産会社はこれについても大蔵大臣の許可を受けなければならなかったものというべきである。

しかるに、破産会社がこれらの大蔵大臣の許可を受けていなかったことについては、原告と被告鳥海との間においては争いがなく、その余の被告との間においては、〈証拠〉によりこれを認めることができる。

2  破産会社の資産状況(請求原因4(二))について

〈証拠〉によれば、次の各事実が認められる。

(一)  破産会社は設立に際し、本社ビルを賃貸するための保証金やビルの内装費等に約一億三〇〇〇万円を要したが、自己資金が全くなく、右設立経費を日立商事及び金融機関からの借入で賄っていたばかりか、日立商事から実質約五億円の委託保証金の残債務を引き受けていたこと。

(二)  破産会社は日立商事に対し、右債務引受により生じた日立商事に対する求償債権から日立商事が破産会社に有していた債務を相殺した残額三億三三九六万五二八三円の債権を計上していたが、当時日立商事は殆ど資産を有せず、同社国際事業部は破産会社の独立により活動をしておらず、金地金取引を行っていた貴金属事業部も同様な営業をしていた豊田商事の商法が社会的問題になってきたため、両部とも右債権を返済するに足りる利益をあげられる状態ではなかったので、右債権は経済的に無価値に等しい債権であったこと。

(三)  破産会社が、営業開始から昭和六一年一月二二日に警察の捜索差押がなされるまでの約一四月間の諸経費は七億円余りに上っており、また、右捜索差押時点において、破産会社の実際の資産合計は約八億二〇一〇万円、実際の負債合計は約一六億〇二二五万円、したがって実際上の累積欠損は約七億八二一五万円であったが、右資産のうち回収見込みのない流動資産を除いた現金、預金等の実質的現有資産は約二億円であったこと。

(四)  破産会社は、客からの手数料を正規の収入とするほか、昭和六〇年二月から始めた焼肉店からの収入しかなく、右焼肉店からの収益もほとんどなかったこと。

(五)  昭和五九年一一月から昭和六一年一月までの破産会社の月別の顧客に対する委託保証金未清算残高は、約四億七一七三万円から約一三億一五三四万円の間で、他方、この間の同社の実質的な現有資産残高は、約五二五八万円から約二億〇二五二万円の間でそれぞれ推移し、現有資産残高の委託保証金未清算残高に対する比率は、約8.9パーセントから約20.6パーセント(平均約12.8パーセント)に過ぎなかったこと。

(六)  昭和五九年一一月から昭和六〇年一二月までの破産会社の月別の一般管理費等の受入委託保証金額に対する比率は、約35.8パーセントから約106.0パーセントの間で推移し、通算しても約52.9パーセントに達していたこと。

(七)  破産会社が顧客から預かった委託保証金約一八億九七九八万円(設立後に受け入れた委託保証金は約一三億五〇八二万円、日立商事から引き受けた委託保証金は約五億四七一五万円)のうち、同社が実際に顧客に返済した金額は三億七七九五万円に止まっていたこと(返戻率約19.9パーセント、設立後に受け入れた委託保証金額に対する返戻率約28.0パーセント)。

ところで、分離前被告齋藤本人は、破産会社は日立商事に対する前記三億三〇〇〇万円余の債権を回収可能と考えていた旨供述するが、さきに認定した日立商事の資産及び経営状況に照らしただちに採用することができず、他に以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の各事実によれば、破産会社の資産状況は設立当初から危機的状況にあり、手数料収入だけで経費を賄うことがとうていできず、かつ、顧客の出金要求に応じていたのでは、会社経営が成り立たないことは明白であったと言わざるを得ない。右認定に反する分離前被告齋藤本人の供述は採用できない。

3  差玉向い(請求原因4(三))について

〈証拠〉によれば、破産会社は、ほぼ、顧客の注文した建玉と同限月、同数の自社の反対玉(向い玉)を建てていたが、破産会社における向い玉の建て方としては、顧客からの注文が売りと買いとで数量に差が出た場合、その差分だけ商品を破産会社の計算で注文していた(差玉向い)こと、破産会社は、このように向い玉にして外国市場に取り次ぐことにより、相場の変動による危険を軽減し、ハイノルド等に対し、顧客から預かった委託保証金の大半を送金しないですむようにしていたこと、その結果、破産会社自ら顧客から預かった委託保証金の額が約一四億円であるのに対し、ハイノルド等に委託保証金、手数料として海外送金した額が約七〇〇〇万円で済んだことが認められ、右認定に牴触する分離前被告齋藤本人の供述は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない(ただし、原告と被告峯村との間において売り買い同数の注文をしていた事実のみについては当事者間に争いがない。)。

4  客殺し(請求原因4(四))について

〈証拠〉によれば、請求原因4(四)(客殺しによる出金阻止)の事実が認められる。

また、〈証拠〉によれば、破産会社代表取締役齋藤は出金に対して厳しい態度をとっていたことが認められ、さらに、被告鳥海本人尋問の結果によれば、顧客への出金をなるべく阻止して取引を継続させるのが破産会社の方針であり、この方針はミーティング等で営業社員に指示されていたこと、破産会社の営業社員の歩合給の算定の基準が、入金額から出金額を控除した純増額と手数料において一定の額を達成することにあったため、出金を阻止することにより、歩合給を増やすことができる構造になっていたことが認められる。

なお、分離前被告齋藤本人は、営業社員に対し無断売買をするなとうるさく注意していた旨、また、顧客への出金をあえて抑えたことはない旨供述するが、前認定のとおり現実に無断売買が行われ、会社ぐるみで顧客の出金を阻止していたことは明らかであって、この事実に照らせば右供述は採用することができず、他に以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

顧客の勧誘状況(請求原因4(五))について

請求原因4(五)(顧客の勧誘状況)の事実は、原告と被告鳥海との間において争いがない。

そこで、その余の被告らとの関係において検討するに、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、破産会社は、外国為替先物取引についての知識の乏しい者に手当たり次第に電話をし、営業社員が訪問し、新聞の切り抜きを見せたりして、同社との取引が有利であるかのよう強調し、顧客に対し執拗な勧誘を続けたこと、破産会社の国際商品取引委託契約書には「決済の指示を受ければ、必ず六営業日後に清算する。」旨の記載があり、営業社員もこの旨を顧客に説明していたものの、顧客の要求どおり出金に応ずることは不可能であったのであり、現に前認定のとおり、極力出金を阻止する方針がとられていたこと、顧客に高価な調度品を備えた破産会社の事務所を見せて安心させ、勧誘の電話をかけている傍らで、他の社員があたかも活発な取引が行われているかのような掛け声を出すなどして顧客の心理を巧みに操っていたこと、顧客が取引に応じないうちに一方的に玉を建ててみるなどと言って電話を切り、実際は玉を建てていないのに市場に取り次いだように装って、強引に取引に応じさせて新規の顧客を勧誘していたこと、顧客中女性の占める割合が高く、日立商事から引き受けたものも含めると、顧客総数中の約四一パーセント、一九二名を占め、そのほとんどが主婦であり、中には、未亡人や高齢者も含まれていること、被告らのうち、被告清水、同峯村、同鳥海は、破産会社の他の役員、幹部らと共に顧客からの委託証拠金名下の金員の騙取について東京地方裁判所に詐欺罪で起訴され、なお第一審係属中の分離前被告齋藤を除き、既に有罪判決を受けていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

6  小括(破産会社の商法の違法性(請求原因4(六))について

前記四2ないし5で認定した各事実を総合すると、破産会社は設立当初より健全な会社経営を望めない状況にあり、同社の経営を維持して経費を賄うためには、正規の手数料収入だけでは到底足りず、顧客から預かった委託保証金を流用するしか方法がなかったことから、委託保証金の送金を必要としない向い玉という形で、顧客の注文を取り次がざるを得なかったこと、顧客の出金要求に応じていたのでは、会社経営が成り立たなかったので、できるだけ出金を引き延ばし、客殺しをすることにより出金を阻止する方策を取らざるを得なかったこと、破産会社には設立当初から経費に流用した委託保証金を填補したうえ、顧客の要求に応じて確実に返還する能力はなかったことがそれぞれ推認される。

以上認定の破産会社の本件の商法の詐欺性、勧誘状況に加え、前記四1認定の破産会社の商法の外為法上の問題を総合すると、破産会社の商法(以下「本件商法」という。)の違法性は極めて強いものと評価せざるをえない。

五破産会社の商法の違法性についての被告らの認識について

〈証拠〉によれば、被告清水及び同峯村は、もともと日立商事に勤務していたが、破産会社が前記四6で説示したような商法を行う会社であることを知りながら、その設立及びその後の経営に参画したことが認められ、右事実及び前記四4及び5で認定した各事実を総合すれば、被告清水及び同峯村は、齋藤らと共謀のうえ、顧客から預かった委託保証金を確実に返還する見込みも意思もないのに、営業担当社員らに、顧客に対し「決済の指示を受ければ必ず六営業日後に差益金等につき清算する。」旨の説明をさせて、同社を信用できる会社であると思わせ、顧客に清算金の支払いが確実であると誤信させて、委託保証金名下に金員を騙取しようと企て、これを実行に移していたこと、したがって、破産会社の商法の違法性を基礎づける事実を十分認識して、これに加担していたことを推認するに十分である。

その余の被告についての右の認識の点について検討すると、前記一2で認定したとおり、被告神田、同鳥海、同張間及び同菊地は、破産会社の営業担当社員として直接顧客の勧誘に当たっており、このことから右被告らが前記四4で認定した客殺しによる出金阻止や前記四5で認定した不当な勧誘行為を実際に担当するか、周囲の営業担当社員がこれらの行為を行っているのを容易に知り得べき地位にあったことが推認でき、また、前記四4で認定した事実、すなわち破産会社代表取締役齋藤が出金に対して厳しい態度をとっており、営業社員には出金を阻止する旨の破産会社の方針が指示され、営業社員の歩合給の算定も出金阻止と関連性があったことからすれば、出金阻止は破産会社の基本的な営業方針であり、営業担当社員のみならず総務の社員もこれを察知し、委託保証金を返還する能力も意思もないのに顧客を勧誘していることを理解できる状況にあったと推認できる。そして、右事実の他前認定の被告らの破産会社における勤務期間、その支給された給与、歩合給、賞与の金額等の諸事情を総合すれば、被告清水及び同峯村を除く被告らについても、本件商法の違法性を基礎づける事実を認識して、もしくは、十分認識する可能性があったのに、これを重大な過失により認識しないまま、本件商法に加担していたものと推認することができる。

六本件歩合給等支払契約の公序良俗違反性について

破産会社と被告らとの本件歩合給等支払契約は、違法性の強い本件商法を行うことに対してその対価を支払う旨の契約であり、本件商法の展開にとって必要不可欠のものということができるから、結局、被告らが右契約に基づき支払を受けた金員は、破産会社が違法な本件商法によって得た金員の分配または違法な本件商法を増長し奨励するための報酬としての性格を有し、違法な本件商法と密接な関連性を有していたものというべきである。

また被告らは、前記五で認定したとおり、本件商法の違法性を基礎づける事実を認識して、もしくは、十分認識する可能性があったのに、これを重過失により認識しないまま、本件商法に加担したものである。

したがって、以上の客観的・主観的諸事情を総合すると、破産会社と被告らとの本件歩合給等支払契約は、国民生活の重要な秩序維持の観点から及び社会生活上もしくは社会倫理上の観点から容認することができず、法的保護に値しないので、公序良俗に反し無効なものといわざるをえない。

七不当利得返還請求について

本件歩合給等支払契約が、その契約成立の時点から無効であったことは前記六で説示したとおりであるから、被告らは、当初から本件の給与、歩合給、役員報酬、賞与を利得し保有する権限を欠いていたものというべきである。

したがって、原告は民法七〇三条により、各被告らに対し、別表の各被告に対応する「請求金額」欄記載の金員(被告清水については役員報酬の全額、その余の被告らについては、その得た金員の一部)の返還とこれに対する訴状送達の日の翌日である同表の「遅延損害金起算日」欄記載の日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる(なお、右の遅延損害金の起算日については、各被告らに対する本件訴状の送達がなされた日の翌日が別表の「遅延損害金起算日」のとおりであることは、当裁判所に顕著な事実である。)。

八結論

以上の事実によれば、本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官荒井史男 裁判官安間雅夫 裁判官阪本勝)

別紙

別表

氏名

請求

金額

(円)

生年

月日

(昭和)

就業期間

支払金額(円)

遅延損害金起算日

始期(昭和)

終期(昭和)

期間

給与

賞与

歩合給

役員

報酬

合計

清水安

1226万7809

27年

3月6日

59年

11月

60年

12月

14月

0

0

0

1226万7809

1226万7809

昭和62年

8月20日

峯村賢司

831万7000

29年

2月1日

59年

11月

60年

12月

14月

805万8877

105万0000

726万7000

0

1637万5877

昭和62年

8月20日

神田信也

30万0000

39年

7月4日

60年

4月

60年

9月

6月

142万8880

0

30万0000

0

172万8880

昭和63年

5月28日

鳥海恒広

571万1000

36年

12月14日

60年

9月

61年

1月

5月

189万8440

47万0000

524万1000

0

760万9440

昭和62年

8月20日

張間一伸

346万5000

35年

10月14日

60年

9月

61年

1月

5月

121万4320

75万5000

271万0000

0

467万9320

昭和63年

5月28日

菊地正美

319万9000

32年

2月20日

60年

9月

60年

12月

4月

190万9940

132万0000

187万9000

0

510万8940

昭和62年

8月27日

渕上尋子

22万0000

37年

3月23日

59年

11月

60年

7月

9月

174万8913

22万0000

0

0

196万8913

昭和63年

5月28日

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